みんな集まれ半蔵門

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ノックダウン寸前の長女が妻に放った超必殺技

 

こどもたちが生まれてからここ数年、妻は専業主婦として家庭を切り盛りしてくれていた。朝早くから夜遅くまで、子供たちの世話に僕の世話(こっちの方が大変かもしれない)、家事全般。文字通り、我が家の「縁の下の力持ち」であり、「司令塔」とも言えるだろう。

 

しかし、現実というものは、常に僕たちに厳しい試練を用意している。一家の大黒柱として僕が頑張ってはいるものの、たった一本の柱で家族を支え、さらに未来への備えのための「貯蓄」もしっかりして、更には思い出となる「旅行」等のイベント費用を捻出しようというのは正直なところ結構厳しいミッションだった。

 

そんなわけで元々こども達が小学生に上がったタイミングで、フルタイムでガッツリではなくパートタイムで程よく仕事復帰してもらう予定だった僕らだったが、遂に次女が今年小学生になった。

 

いくつか候補を探し、履歴書を書き、面接に出かけたりする妻を見ていると、何だか僕までソワソワした。まるで、自分のことのように落ち着かない。かつて、就職活動で面接会場の近くをウロウロしていた頃の、あの何とも言えない不安と期待が混じった感情が蘇ってきた。

 

そして、その日は突然やってきた。

「あ、もしもし…はい…あ、そうなんですか!ありがとうございます!頑張ります!」

リビングで電話を受けていた妻の声が、みるみるうちに弾んでいく。その声を聞いた瞬間、僕もピンと来た。これは、来たな、と。妻が電話を切るなり、満面の笑みで僕に振り向いた。

「受かった!パート、決まったよ!」

妻は興奮冷めやらぬといった様子で、すぐに子供たちに報告することに。

しかし、実はこの合格連絡のタイミングは、我が家は先日記事に書いた「胃腸炎地獄」の時だったのだ。

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次女は回復して小学校に行き、長女はまだ絶不調の真っ只中にいた。

そんなヘロヘロの状態の長女に、妻はそっと報告した。

「お母さんお仕事、決まったよ」

ヘロヘロの長女は、ゆっくりと妻の方に顔を向けた。その顔は、まだ病の影が残っており、まるで北斗の拳第1話で砂漠をさまよっているケンシロウのようだった。しかし、その瞳には、確かに妻の言葉が届いていることが見て取れた。

長女は何も言わず、ただ静かに、ゆっくりと頷いた。そして、か細い声でこう言ったのだ。

「…お母さん、お財布、とって…」

ん?財布?なんで?このタイミングで?僕達は状況が掴めず、顔を見合わせた。

妻も一瞬キョトンとしていたが、言われるがままに、長女のカバンに入っていた小さな子供用の財布を取って渡した。

 

長女は、弱々しい手つきで財布を開けた。

そして、今度はその財布を再び妻の手のひらに乗せた。そして、再び静かに、しかし今度は少しだけしっかりとした声で、こう言ったのだ。

 

「…お仕事、おめでとう。これで…お祝いに、全部使って…」

 

その瞬間、僕たちの時間は止まった。いや、世界が止まった、と言ってもいいかもしれない。

長女がHPドット1で超必殺技を放ったかのような衝撃だった。それは、物理的な攻撃ではない。精神的な、しかし確実に僕たちの心の急所に命中する、強烈な一撃だった。エンジェルお小遣いゲイザー。

 

考えてみれば、長女は僕たちが妻のパートについて話し合っているのを、聞いていたのだろう。そして、妻がパートを探していることも知っていた。だから、合格の報告を受けた時、自分のことのように喜んでくれたのだ。

 

我が家には、「お手伝い制度」がある。お皿を洗うのを手伝ったり、お風呂掃除をしたりすると、内容に応じて数十円のお小遣いを支給する、というものだ。長女は、その制度を利用して(且つ直近ではかなり積極的に)、コツコツとお小遣いを貯めていたのだ。

渡された小銭は大人から見れば、たいした金額ではないかもしれない。でも、それは長女にとって、紛れもない「全財産」だった。

 

そして、きっと、この日のために、お小遣いを貯めるために、いつもより一生懸命お手伝いをしていたのだろう。そのことを思うと、胸が締め付けられるような、温かい感情がこみ上げてきた。

子供から親への「お祝い」が、まさかの「現金」とは、また随分とシュールな話である。普通なら、手作りの何かとか、似顔絵とか、肩叩き券とか、そういうものだろう。

 

僕と妻は、顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、静かに、でも深く頷いた。言葉は要らなかった。長女の行動が、全てを物語っていたからだ。

病気でヘロヘロになりながらも、母親の喜びを自分のことのように喜び、自分の全て(約千円)を使ってお祝いしようとしてくれた長女。その優しさと健気さに、僕たちはただただ感動していた。

 

結局妻は、そのお金は長女に返したらしいが、僕達は、あの時の長女の姿をきっと忘れることはないだろう。

子供というのは、本当に純粋だ。そして、時として、大人が思いもよらない方法で、ストレートに愛情を示してくれる。

 

今回の長女の思わぬ「超必殺技」は、僕たち家族にとって、忘れられない出来事となった。