
とある資格試験の勉強をはじめた。
勉強というものは得意ではないし、集中力も気まぐれだけれど、勉強道具だけはなぜか丁寧に揃えたくなるタイプだ。
「形から入る」という、あまり誇れない習性である。
昨日、書店の文具コーナーで、読み始めた資格本のサイズに合うブックカバーを見つけた。
お手頃価格のリサイクルレザーで、落ち着いた雰囲気のある“大人の勉強”をしている感じがする。
安定の「形から入る」を発揮し、僕はそれを手に取り、レジへ向かった。
家に帰って包装を剥がす。
新品のブックカバー。
包装を剥がし、手に取った瞬間――
鼻に、むわっ、と広がる何か。
革の匂いじゃない。
新しい文具の匂いでもない。
僕は一瞬で悟ってしまった。
これは、カブトムシだ。
いや、より正確に言おう。
カブトムシそのものの匂いではなく、「カブトムシを飼育するときの土の匂い」だ。
あの、しっとりした飼育マット。
腐葉土と樹液が混ざったような湿った香り。
夏の朝、霧吹きをかけたあの土の息吹。
あれが、書店で買った新品のブックカバーから漂ってきたのだ。
あれ?文具コーナーじゃなくて昆虫コーナーだったのかな?
資格勉強をしようとしている大人の脳に、幼き頃の土の記憶が割り込んできた。
気のせいだと思いたくて、そっともう一度嗅いだ。
……やっぱり飼育土。
二度嗅ぐ。
……より湿度を増した飼育土。
三度嗅ぐ。
……カブトムシの幼虫が近くで寝返りを打っている気配すら感じる。
とはいえ、せっかく買ったのだから使いたい。
僕は資格試験の参考書にブックカバーをかけてみた。
ページを開く。
匂う。
めくる。
匂う。
問題文を読むたびに、
「この選択肢の違いはなんだ?」より先に
「この湿度、昆虫的にはどうなんだろう?」が浮かんでしまう。
勘弁してほしい。
僕は受験生としてのスタートを切ろうとしただけなのに、昆虫研究者として第一歩を踏み出してしまったのだろうか。
ページをめくるたび土の匂い。
そして連想されるカブトムシ。
ずっとカブトムシと一緒。
俺はインセクター羽蛾なのか?
匂いは、生活の空気を支配する。
書店で買ったブックカバーひとつで、資格勉強がディエリストへの道に変えてしまう。
明日はこのブックカバーを少し干してみよう。
匂いが薄まるのか、さらなる進化を果たすのか。
結果は未知数だけれど、僕は令和のインセクター羽蛾として覚悟を決めて、このブックカバーと向き合っていくしかなさそうだ。
